ながさき
長崎
(97/3/??)

ながさきへいわこうえん
長崎平和公園
昭和20年8月9日午前11時2分、人類史上2番目の原子爆弾が長崎に投下されまし た。もうこの地には1本の草でさえ芽吹くことはないとさえいわれた一帯が、今では緑に 囲まれた美しい公園としてよみがえっています。公園内には原爆落下中心地や、丘の上に は高さ9.7メートルの平和祈念像、水を求めてさまよった少女の手記がきざまれた平和 の泉などがあり、世界各国から贈られた平和のモニュメントも建ちならび、世界恒久平和 を願う長崎市のシンボルゾーンとなっています。毎年8月9日にここで原爆犠牲者慰霊平 和祈念式典をおこなっており、全世界に向けた平和宣言がなされます。
宗像から3時間高速を走り続け、ようやくここ長崎に到着。 まずは一番近かったこの平和公園にやってきました。
この像は通称「長崎さん」というらしい。 雲がいい感じ。

ぐらばーえん
グラバー園
長崎の観光施設の代表であるグラバー園は、市内の南山手の小高い丘の上にあり、国指定 重要文化財のグラバー邸を中心に同じく国指定重要文化財のリンガー邸・オルト邸をはじめ、 市内に散在していた有名な洋館を移築復元したものです。園内は長崎独特の坂の地形のため、 動く歩道、エスカレーターを設け、壁泉・石畳による回遊道路をめぐらし、異国情緒あふれ る観光名所として内外の人々に親しまれ、年間180万人以上の観光客が訪れています。
ここがかつての大富豪グラバーさん家らしい。
ここには、このグラバーさん家以外にもリンガーさんやら、 オルトさんやらの他の外人さんの家もあります。
それと、ここはかなりの丘陵地帯にあり、園内でもかなり高低差があるため、 なんと園内にエスカレーターまであるんです。
グラバー園から望む長崎湾。 かなりいい景色です。
それにしても、こんなに狭い所にあんなにでかい船が入ってくるのには驚かされました。
こちらは海と反対の方向を写しました。
かなりいい感じの町並みで、「魔女宅」を思い出させます。
これを書いていて気づいたんだけど、写真中に緑の塔が見えてます。 これはどう見ても大浦天主堂...。 ということはこの写真は海と反対方向ではなくて、海岸線と並行した方向を 写していることになるようです。
この写真、すごく平凡だと思われるでしょうが、 実はけっこう貴重な場所を写しているんですよ。
なんとこれ、日本最古のアスファルト舗装道なんです。 拡大写真だときちんと「最古のアスファルト道」と書いてあるのがわかりますよ。

おおうらてんしゅどう
大浦天主堂
国宝に指定されており、フランス人プチジャン神父に よって西坂の丘で殉教した26聖人に捧げるために建て られた教会で、日本最古の木造ゴシックづくりで有名で す。永い禁教時代に耐えて信仰を守り続けてきた信徒が 密かに名のり出たという「信徒発見」の劇的ステージと しても有名です。
すごくおしゃれな建物です。
カラーリングも形も気に入りました。
でも、こんな所にまでやしが立っているのが九州らしい。
ちなみに、この辺りはグラバー園、オランダ坂、孔子廟などがかたまっており、 とても観光地ックだった。

この写真はなかなかうまく撮れたなぁ。

うらがみてんしゅどう
浦上天主堂
1864年、約200年に渡る 鎖国の時代が終わり、渡来した外国人達により 大浦天主堂(国宝)は建てられた。浦上村(当時)のキリシ タン達はそこにマリア像があると伝え聞いて訪れ、フランス人 神父プチジャンとの歴史的対面が実現しますが、信仰が表面化 し「浦上4番崩れ」といわれる厳しい迫害を受け、この事件が 外交問題に発展し、キリシタン禁制の廃止の要因ともなりまし た。村に帰ったキリシタン達は長い年月をかけ、1925年 (大正14年)に双塔レンガ造りの東洋一の大教会を完成させ たましたが、1945年(昭和20年)原爆によって破壊され、 1959年(昭和34年)現在の浦上天主堂が再建されました。
この建物のポイントはやはり「原爆で壊れた時の塔の一部がそのまま残っている」 ことでしょう。(右の写真参照)
ちなみにここにあったマリア像は目から涙を流していた...。

こうしびょう
孔子廟
孔子廟は、色あざやかな中国華南と華北地方の建築様式が 合体した中国本廟の伝統美きわまる彩り豊かな極彩色の聖廟 です。元来、孔子廟とは、孔子の遺品を納め祀ったのが始ま りで、明治26年(1893)中国清朝政府と華僑によって 建造されました。琉璃瓦・青白石製欄干・龍紋様の御道石・ 孔子像が安置されており、72賢人石像などの石製のものは すべて中国から取り寄せられたものです。
とても中国チックなこの孔子廟、せっかく来たのになんと閉まってたのだ。 こんな観光街なのに夕方の5時に閉まるのはちょっと早過ぎるのでは?
でも、「せっかく来たんだから」と隣の敷地の塀によじ登って、横に回り込み、 何とか写真だけは撮ることができました。

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