| 1915年(大正4)、紋別の市街地からモベツ川沿いに南へ20キロ上ったやぶの中で、 金の露頭が見つかった。鴻之舞(こうのまい)金山の始まりである。 73年の閉山までに、鴻之舞は純金73トン分の金を産出した。 昭和46年末までの総生産量は 金 64,281 Kg、銀 952,103 Kg に達しており、 一つの鉱山としては日本最大のものである。 つい最近まで佐渡に次ぐ全国2位の累積産金量を誇り、 戦時中の最盛期に1万3千人を抱えた金鉱の町は、永らく「東洋一」とうたわれた。 | ||
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| 興部町からオホーツク海を南下。紋別市から内陸に入り、ここ鴻之舞を目指す。 最初に見えたのがこの橋。 この橋は当時鉱山で採れた金を運搬するためのパイプライン(真ん中の写真の白いパイプ)を通すためのものです。それにしてもここら一帯は蚊がすごかった。 | こちらが金山跡と思われる。というのも完全に埋め立てられていたため、 この煙突しかその痕跡が残っていなかったためだ。 カドミウムなどの有害物質で危ないから埋め立てたんだろうか? 当時の写真はこちらを参照のこと。 | |